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東京高等裁判所 昭和26年(ラ)341号 決定 1952年8月28日

本籍 ○○県○○郡○○村大字○○○○○番地

住所 同所○○番地

抗告人 佐○○

右法定代理人親権者母 佐○○う

右代理人弁護士 河○○作

河○○雄

鴨○○信

本籍並びに住所 同縣同郡同村同大字○○番地

相手方 横○○え

右抗告人から水戸家庭裁判所昭和二十三年(家)第六二七号第九六八号相続財産分与申立事件について、同裁判所が昭和二十六年九月十五日附でした審判に対し適法な即時抗告があつたから当裁判所は次のように決定する。

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は「原審判を取消す。相手方の申立を却下する申立費用は相手方の負担とする。」との裁判を求めるというにあつて、その主張する抗告の理由は別紙抗告理由書のとおりである。

抗告理由第一点について。

原審判が抗告人に対し被相続人亡佐○○○郎の相続財産中から相手方に分配すべきことを命じた財産中原審判添附第一目録の(17)のうち五畝二十三歩、(21)及び(27)の各全部、(29)のうち二畝十九歩(31)のうち二畝二十二歩、がいずれも農地であること、この財産の分配につき農地調整法上縣知事の許可がないことは記録上明らかである(同目録(32)(33)の二筆は現況原野であつて農地ではなく、これが採草地その他農地調整法上農地と同一に扱われるべきものであることについてはこれを認めるべき証拠がない)。

本件は戸主佐○○○郎が日本国憲法公布の後で新民法施行前である昭和二十二年三月一日に死亡し、同人の長男亡正一の長男である抗告人が承租相続をしたことについて、右○○郎の二女である相手方において民法附則第二十七条にもとずき相続財産の一部の分配を請求したものであつて、当事者間に協議が調わないため、原裁判所が協議に代わる処分として原審判のような財産の分配を命じたものである。

右民法附則第二十七条は、個人の尊厳と両性の本質的平等を宣明する新憲法の惠沢をその施行前においてもできるだけ国民に浴せしめるとともに、新法によれば当然相続人となりえた者が、たまたま相続開始の時期の先後によりその権利を失うこととなる実質的な不均衡を調整しようとするものであつて、この相続財産分配請求も、その本質は相続に準ずるものと解してよいであろう。

一方、農地調整法その他(採草地放牧地等を含む以下同じ)に関する立法は、現存社会の基盤をなす私有財産制及び契約自由を中心とする私法的自治の原則に対して広汎な制限を課するものではあるが、もとよりその根本を否認するものではない。相続は私有財産制をささえる一支柱であり、権利は相続により法律上当然に移転する。相続によつて農地の権利を取得する場合、農地調整法上行政庁の許可ないし承認はその必要がないことは多言を要しないところである(農地調整法第五条第四号同施行令第三条第七号が遺産の分割により権利を取得するときは右許可ないし承認を要しない旨を規定するのは当然の事理を示したものに過ぎない)。

しかしながら右相続財産分配請求は本質的には相続に準ずるものではあるけれども、相続そのものではない。これは当事者の協議によつて財産が分配されることを前提とし、分配によつてはじめて権利が移転するのであり、その点で共同相続人間の相続財産の分割とは異なるのである。従つて、かかる場合農地については、成法上除外されない限り、単に本質的に相続に準ずるとの一事によつて、行政庁の許可ないし承認を要しないものと考うべきものではなく、一旦相続人の権利に帰した相続財産たる農地を分配するに際しては、その所有権の取得につき事前に又は事後に行政庁の許可又は承認を得るのでなければ、権利の移転はその効力を生じないものというべきである(前記農地調整法第五条にもとずく同法施行令第三条第七号は遺産分割により権利を取得するときを例外として定めているけれども、これは同令第四条ノ二との対照上民法第九百七条による共同相続人間の遺産分割に関するものであることは明らかであつて、本件のような相続財産分配請求の場合をも含むものと解すべき根拠はない。また同令第三条第八号はその他農林大臣の定める場合を除外例としているけれども、今日まで相続財産分配請求をそれと定めたものはなく、その他に法令上除外の規定は存しない)。

この理は、相続財産の分配につき当事者間に協議が調わないため家庭裁判所が協議に代る処分としてする審判についても、これを別異に解すべき理由はない。この協議に代る審判は当事者間に現実に成立しない協議に代つて、裁判所が良識をそなえた人間が、合理的に考え、誠意をもつて行動するならば、協議として成立させるであろうと考えられるところに従つて定める処分であつて、いわばあるべき協議である。これが裁判所のする裁判であるからといつて、全く当事者の協議と別個の性格をもつものと解さなければならないわけはなく、この裁判が非訟事件(その本質が行政)であることによつて結論を異にしない。当事者としては、あらかじめ当該農地の権利取得について行政庁の許可ないし承認を得ていないならば、審判の結果にもとずきあらためてこれを求めれば足りるのである。この場合行政庁の許可ないし承認が必らず得られることはこれを保し難いところであるけれども、これ一般に私法上の権利の得喪に行政庁の介入を許すことの当然の結果であり、かつ国家機関に対する権限の分配上なんら怪しむに足りない。この場合でも、審判は本来かかるものとしての財産の分配を命じているに過ぎないこと、許可承認を将来に予想してする当事者の協議となんら異なるところはなく、そのことの故に審判を違法とすべき理由はなく、また審判が無効であると解すべきものではない。

本件においても、原審判によつて農地の権利を取得すべき相手方において、行政庁の許可ないし承認を求めれば足りるのであつて、審判はそれ以上に出るものでなく、その故に違法となるものでもなく、また無効と解すべきものでもない。もつとも相手方において審判の結果にもとずき行政庁の許可ないし承認を求め、万一行政庁において独自の見地からこれを拒んだ場合、その処分の違法のときはともかく、それが法律上正当とされるときは、相手方としては遂に本件農地の権利を得るに由ないこととなり、その分配を受ける財産は結局削減を余儀なくされる結果となり、相手方に対して不利益となるのであるが、かかる場合に処する方法をあらかじめ考慮し、そのときは当該農地に代えて他の財産を分配すべきことをあわせて命ずれば万全であつたとはいいうるところであるけれども、そのことがないからといつて原審判が違法であるとすることはできない。

次に自作農の創設維持及び農業生産力の増進のためには、できるだけ農地の細分化をふせぐことの望ましいことは明らかであるが、原審における証拠調の結果によれば、抗告人をして相手方に原審判の命じた程度の農地を分配せしめることは、かくべつ右目的に害あるほどのものとは解せられないから、この点についても原審判に所論のような不当はないものというべきである。論旨はすべて理由がない。

同第二点について。

原審における審理の跡を検討すれば、原審が審判をするについては、相続財産の状態、分配を受ける者の員数及び資力、被相続人の生前行為又は遺言によつて財産の分配を受けたかどうか、その他一切の事情について考慮をとげたものと解すべきことは疑いのないところであつて、原審は右考慮にもとずき、請求者のうち相手方に限つて相続財産を分配させることとし、その分配の額、種類数量及び方法を定めているものであることがうかがわれるから、原審判には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

同第三点について。

抗告人が現在なお未成年者で母佐○○うの親権に服し、右○うは被相続人佐○○郎の長男正一に嫁し数年にして夫と死別し爾来三児を抱えて婚家にあり、舅○○郎に仕えて男子と同様田畑を耕作し抗告人方の生計を維持して来たもので最近ようやく子供らも成長したがなお決して裕福とはいえない事情にあり、被相続人の死亡による抗告人の家督相続により、○うがその親権者として多年労苦の末にはじめてその家産を支配し得るようになつた矢先に、本件財産殊に農地の分配を命ぜられるのは、まことに忍び難いものがあるであろうことは当裁判所もこれを諒するにやぶさかではない。しかしながら相手方に相続財産の分配を求めしめるのはすでに法によつて定まつたところであり、相手方の地位経歴資力は原審判の判示するとおりであつて、これとの間に遂に協議が調わなかつた以上、原審が右第二点に掲げたような諸般の情況を考慮して協議に代る処分として原審判をしたのは、やむをえないところといわなければならない。抗告人に所論のような自作地及び山林の分譲を命じたとしても、抗告人にはなお水田五反歩弱、畑五反歩強の自作地及び山林三町六反余があり、この外原野二反歩弱(公簿上の地目は畑)その他相当の原野を保有することとなることは記録上明らかであるから、抗告人が今後自作農として農業経営に専念するについて必ずしも欠けるものとはいうことはできない。すなわち原審判には所論のような失当は存しないものというべく、論旨は結局採用することができない。

以上の次第であつて原審判には違法又は不當の点はないから、本件抗告は理由のないものとして棄却し、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 判事 浅沼武)

抗告理由

(1)第一点 原審判は、抗告申立人は相手方横○○ゑに対し原審判添付目録記載の土地中(17)の内五畝二十三歩(21)及び(27)の全部(29)のうち二畝十九歩(31)の内二畝二十歩(32)(33)の各全部等の畑地を分配すべき旨判示している。

然るに右畑地は農地調整法第二条に所謂農地であつて斯る農地の所有の移転については「命令の定める所により都道府縣知事の認可又は市町村農地委員会の承認を受くるに非ざれば之を為すことを得ざること」は農地調整法第四条一項の明瞭に規定する所であり、更に同条第二項第五号は「右第一項の許可又は承認を受けずしてなした行為は無効である」ことを明定している。

農地調整法は自作農創設特別措置法と相並んで自作農の創設維持と小作料の適正を計り日本民主化の基礎工事ともいうべき農地制度の改革を強行しようとするものであつて右法はその重要規定に違反する行為をなしたる者に対しては刑罰を以て臨み、以て右法の完全なる実現を期しているのである。

即ち同法第四条に違背し知事の許可又は市町村農地委員会の承認を受けずして農地の所有権移転をなしたるものはその法律行為が無効であるばかりでなく同法第十七条の四により二年以下の懲役又は一万円以下の罰金に処せられるのである。

右農地調整法の眼目は国家権力により農地改革を実現するにあり右農地改革はその技術上純然たる行政権による行政に属せしめられている。而して特に農地の具体的分配は農家零細化の防止及び農業経営上の見地から行政権の専権事項でありいやしくも農地所有権の移転其他の処分は當該行政庁の許可なくしては何人と雖も有効に之を為し得ず司法権による審判と雖も之が例外をなすものではない

(註一)

之を本件について見るに、民法附則第二十七条第一項の法意に徴し相手方横○はただ単に相続財産の分配を請求し得るに止まり抗告申立人の相続開始当時に遡つて抗告申立人と共に相続財産の共同相続人として相続財産の共有者たりしものではない

故に原審判は抗告申立人に対し審判書主文掲記農地の所有権を相手方横○に移転すべき旨を命ずる所謂意思表示に代る判決というべきであつて、斯る農地所有権移転行為は、たとへ裁判所が法律上規定された手続を履践してなされたものであつても、行政庁の許可乃至認可なき限り前述の理論に徴し之をなし得ざるものであり仮に審判したとしても何等の効力なきものである

仍て原審判は連合国の指令覚書に基き公布施行されたる行政法規たる農地調整法を無視し、行政権の専権事項たる農地所有権移転に対する許可認可の権限を侵し、本来審判すべからざる事項につき審判し、全然その効力なき無効審判であるから当然に取消さるべきものと信ずる。

(2) この農地所有権移転については原審判においても抗告申立人の相続財産を確定するに方り被相続人○○郎の横○(相手方)に対する生前贈与行為につき農地調整法違反としてその無効なる旨を判断しているのである。然るに原審判は司法裁判所は審判においては行政庁の認可許可等がなくても農地分配を命じ得るものと誤認し敢て原審判主文の如く農地所有権の移転を命じているが之は甚しき矛盾と誤謬がある

また家庭裁判所の農地に関連する家事調停等については農林省農地局長も重大なる関心を持ち昭和二十六年十月二十四日附文書を以て最高裁判所事務総局家庭局長宛「農地調整法により権利の移転設定等は強い制限が附されて居り家事調停により調停が成立しても農地調整法に規定する認許可がなければ効力を発生しない。故に可然善処されたき」旨通達があり、右通達は家庭局長より各家庭裁判所長宛移牒されているのである

右のことは家事審判についても当然に適用さるべきことであつて農地調整法に規定する許認可なき審判は何等の効力を発生せざるものである(註二)

尚農地の均分相続については農地の細分化を招来し農業政策ひいては農村民主化にとつて甚しき弊害を招来するので農業資産相続特例法案が幾度か国会に上程され未だ議決公布に至つてはいないが、同法案によれば民法による共同相続した農業資産については農業資産相続人以外の共同相続人は農業の資産を時価により算定し相続分に応ずる価格の範囲内で補償を請求し得べきものとし、以て農業資産相続人の農業経営の安定を害しないよう考慮すべきことを規定している。

而して民法附則第二十七条もその第三項において相続財産分配の当否並びに分配の額及び方法を定める旨規定し農地細分化の防止については裁判官の良識に任せ且つ右農業資産相続特例法案の規定の趣旨を予定しているのである。この点についても原審判が農地の直接分配を命じたのは右の趣旨を無視し甚しき不当乃至違法あるものというべきである。

以上いずれの点よりするも原審判は取消さるべきものと信ずる。

註一、高松高裁昭和二六年一月一六日判決高等裁判所民事判例集第四巻一号

註二、裁判所時報第九十三号第七頁所載

第二点 民法附則第二七条第三項によれば、共同相続人となるはずであつた者から相続財産分配請求があつた場合には家庭裁判所は、相続財産の状態、分配を受ける者の員数及び資力、被相続人の生前行為又は遺言によつて財産の分配を受けたかどうか、其他一切の事情を考慮して、分配をさせるべきかどうか並びに分配の額及び方法を定めることが要求されている。

而して家庭裁判所が分配の当否、額、方法等を決するに方り考慮すべき右列挙事項は最も基本的なものであり右列挙事項の考慮を遺脱するならば当該審判は違法なりといわねばならない。

然るに原審判においては被相続人亡佐○○○郎の相続財産を確定するに方り原審判添付目録(14)(58)が右亡○○郎の生前贈与により相手方横○○ゑに所属することを判断したに止まり、本件審判の核心をなす相続財産分配請求の当否、額等の判断においては右相手方横○が被相続人の生前行為により(14)(58)の土地の分配を受けている事実を考慮した形跡が全然ない。若し原審が右の生前贈与の事実を考慮したとするならば分配請求の当否の判断の前提において審判書にそのことが明瞭に表われていなければならない筈であるが、原審判はこの点につき何等触れていないのであるから原審判は右生前贈与の事実を全く看過して分配請求の当否及び額を判断したこと明白である。

即ち原審判は法の要求する最も基本的な考慮事項たる被相続人の生前贈与による財産分配の事実の考慮を遺脱した違法があり当然に取消さるべきものである。

第三点 相手方横○○ゑはその夫も健在で働いて居りその子供等も既に二人は成長して東京に在つて夫々勤めて収入を得て現に生活に窮迫しているということはない。而して相手方横○が東京に在つて罹災し疎開し来つたことについては同情すべき点はあるが相手方横○は東京に在つた頃永年旗商として相当発展し裕福なる生活を営んでいたのであつて疎開後も当時の貯金により生活していた程である。斯る前歴をもつ相手方横○が何を好んで郷里に土着し生家の土地等を要求し馴れない農業を経営する必要があらうか、東京も既に平和の姿を取戻しているのであるから、相手方はよろしく東京に戻り従来の商売の地盤に拠り自己の雄飛を計り生家の維持発展を願ふべきである、而して之が資本たる金銭について生家としても拠出するにやぶさかではない。

農家にとつて土地程執着を感ずるものはない土地あつての農家であり土地を失ふことは身を切られるよりも痛いのである而も抗告申立人の親権者である佐○からは亡夫正○との結婚生活僅か数年にして夫に死別し三児を抱え若い未亡人として舅○○郎に仕え男と同様田畑を耕作して申立人の家と農家経営を維持して来たのであつて最近子供等も成長したが決して裕福とはいへないこと判示の通りである。

而して抗告申立人の自作地は田四反二十六歩畑七反二畝二十一歩であつて原審判は右自作地のうち(21)二畝十七歩(27)七畝○八歩をも相手方横○に分配すべきものとし、其他相手方横○耕作部分畑一反一畝○四歩及び山林二反四畝二十歩(生前贈与部分を加えれば七反四畝六歩)をも分配すべきものとしている。

右によつて見れば申立人自作地を相手方に分配すべきものとしているのは甚しく当を得ざるものでむしろ紛争を後日にのこす憂があり山林については農家の採薪採肥に欠くべからざるもので申立人の祖先傳来の純農経営に支障を来すものといはざるを得ない

原審判は畢竟右の諸情況を無視して判断されたものであつて当を得ざるのみならず、進んで判断の前提たる諸情況の検討を誤りたる理由齟齬の違法あり取消さるべきものと信ずる。

而して右の諸情況に拠りて正しく判断するならば相手方の分配請求を却下すべく、仮に之を認むるとするもその分配請求に対しては金銭を以て補償せしめるを相当とする。

表<省略>

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